大阪地方裁判所 昭和51年(ワ)479号 判決 1978年7月18日
原告
丸竹商事株式会社
右訴訟代理人
中島純一
右補佐人弁理士
中島信一
被告
ソニー企業株式会社
右訴訟代理人
久保田穣
外三名
主文
原告の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 原告
1 原告が行う別紙目録(一)及び同説明書記載のロツカーの製造販売行為に対し、被告に、不正競争防止法一条一項一号又は二号に基づく差止請求権のないことを確認する。
2 被告は原告が行う右ロツカーの販売行為に対し、右は被告に対する不正競争防止法一条一項一号又は二号に該当する不正競業行為である旨を、原告の該商品の販売取引先にいいふらして、原告の右商品販売の営業を妨害してはならない。
3 被告は原告に対し金一〇五三万五三〇〇円及びこれに対する本判決言渡の日から右完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
4 被告は別紙目録(二)記載の原告宛の謝罪広告を大阪において発行される朝日新聞及び毎日新聞に被告の費用負担で各一回掲載せよ。
5 訴訟費用は被告の負担とする。
6 3につき仮執行の宣言
二 被告
主文と同旨
第二 当事者の主張<以下、事実省略>
理由
一請求原因1のうち原告が本件ロツカーを製造し、ダイエーを通じて販売しようとしたこと、昭和五〇年末頃からこれを販売していたことは当事者間に争いがなく、<証拠>を合わせ考えると、原告はロツカー等の製造販売を業とする会社であること、原告は昭和五〇年秋頃本件ロツカーのデザインを完成し、同年一〇月上旬ダイエーとの間で本件ロツカーの継続的販売取引契約を締結したこと、同年一一月末頃までに製品六〇〇本を製造してこれをダイエーに納入したことが認められ、この認定に反する証拠はない。
二次に、被告が請求原因2(一)ないし(三)の各行為をしたことは当事者間に争いがないが、同(四)で原告が主張する被告の行為は原告代表者本人尋問によつてもこれを認めるに十分ではなく、他にこれを認めるに足りる証拠はない。請求原因3のうち被告が原告主張の仮処分の執行をしたことは当事者間に争いがない。
被告の主張によれば、右2(一)ないし(三)、及び3の被告の各行為は原告の本件ロツカーの製造販売行為が不正競争防止法一条一項及び二号に該当する不正競業行為であるためその中止を求めた正当な業務行為であるというのであり、原告はこれを争うので、この点について以下判断する。
1 <証拠>によれば、被告は電気製品の大手製造メーカーである訴外ソニー株式会社のいわゆる子会社として昭和三六年四月一日設立された会社であつて、同訴外会社所有の建物の管理運営を主営業とするかたわら、輸入業、海外旅行代理店業、無体財産権(商標権、特許権、著作権等)に基づくライセンス業務等の事業をもあわせ営んでいる株式会社であることが認あられる。
2 次に、<証拠>を合わせ考えると、次の事実が認められる。
(一) 被告は昭和四八年一〇月二日米国のカリフオルニア州法人である訴外ナシヨナル・フツトボール・リーグ・プロパテイーズ・インコーポレーテツド(NFLP)と使用許諾契約を締結し、同社に約定の金額を支払つて米国のプロフツトボール・クラブ(日本語としてはクラブよりもチームの語の方が一般に用いられているので、以下チームという。)の連盟であるナルシヨナル・フツトボール・リーグ(NFL)加盟チームの名称とフツトボールのヘルメツトを型どつたシンボルからなる別紙目録(三)の一、二のシンボルマーク(もつとも、当時は加盟チームは二六チームであつたが、その後、タンパ・ベイ・バツカニアズとシアトル・シーホークスの二チームが加盟して二八チームのシンボルマークを含むことになり、またバツフアロー・ビルズのシンボルマークは、別紙目録(三)の二のように変更された。しかし、以下特に断わらない限りこのような変更をも含めNFL加盟チームの名称とシンボルマークを本件表示ということとする。)を日本における唯一の使用権者(ライセンシー)として特に指定された商品に付けて商品化して事業を営む権利及びこれを第三者に有償で再使用(サブライセンス)せしめる権利を取得した。
(二) NFLに加盟している米国のプロフツトボール・チームはいずれも米国の州の法律によつて設立された法人であつて、それぞれその所属のチームの名称(フランチヤイズ都市名と人間あるいは動物名とを組合わせた愛称)と各チームの創作にかかるシンボルマーク(アメリカン・フツトボールのヘルメツトを型どつた共通の図形の中に思い思いの絵や英文字を描いたもの)、すなわち本件表示をフツトボール試合興業等の営業を表示するものとして使用し、かついずれも米国においてサービス・マークとして商標登録を了している。NFLPは、一九六三年(昭和三八年)二月二〇日付定款によつて設立された法人であるが、NFLの加盟チームが平等の持分を有し、本件表示の商業上の利用を管理する目的をもつて設立された会社で、各チームから直接又は間接に商業目的に関し本件表示を独占的に使用する権利及び第三者にこれを使用せしめる権利を取得し、かついかなる無断使用に対しても抗議を述べる権利を付託されている。
NFLPは、米国において本件表示を衣服類、シーツ、スポーツ用品、文具、ゲーム類、アクセサリー、時計、帽子、雑貨などを各種商品に付し年間収益三〇〇億円にも達する商品化事業を営んでいる。
かくして、本件表示は、米国ではフツトボール・チームのために使用されるだけではなく、NFLPからその使用を許諾された商品の製造販売業者は、NFLPによつて定められた厳格な品質管理基準と手続のもとに商品に本件表示を付すことが許されているため、本件表示はNFLPから特に承認された優れた品質の商品を保証するとの意味をももつに至つている。
米国においては、フツトボールの歴史は古く、国技ともいわれて最も人気のあるスポーツ種目であるが、そのプロチームが組織されたのは一九二〇年で、まずアメリカン・プロフエツシヨナル・フツトボール・アソシエーシヨン(APFA)が発足し、これがNFLの前身で二年後NFLと改称された。一九二六年にはアメリカン・フツトボール・リーグ(AFL)が発足し、その後解散、発足をくり返し、一九六〇年に組織されたAFLは一九七〇年にNFLと合併し、現在に至つている。現在NFLは二八チームからなり、半数ずつアメリカン・フツトボール・コンフエレンス(AFC)とナシヨナル・フツトボール・コンフエレンス(NFC)とに分かれ、それぞれのチヤンピオンが毎年一月ナンバー・ワンを争うが、このゲームはスーパーボウルといわれて最も人気があり、プロチームにはあこがれのスターも多数いることなどから近年フツトボールに対する人気は益々高まり、プロ野球の人気をも追越し、その年間観客動員数は一五〇〇万人に達するといわれ、愛好者も増える一方で、現在米国では一〇代の若者を中心に約二五〇万人がフツトボールを楽しんでいるといわれている。
このような背景のもとでNFLPの本件表示についての商品化事業は前記のように順調に拡大しているのである。
(三) 被告とNFLPとの前記使用許諾契約書には、所定の各種の報告及び記録の義務、商品の品質管理を受ける義務、本件表示を再使用させる場合などについての詳細な取極めがなされており、ことに再使用許諾契約をする場合には被告とNFLPとの右契約書と同様な商品の品質管理についての厳格な条項を含むことが要求されている。
被告は、このようにして本件表示についてこれを商品に付することができる権利(いわゆる商品化権)を取得するや、昭和四八年一一月東京のホテルニユーオータニにおいて、NFLPの幹部、米国大使館員同席のうえ、新聞雑誌等報道関係者、関係各業者ら数百人を招待して、被告とNFLPとが業務提携して本件表示の商品化事業を企画することになつた旨の発表会を行い、各種業界誌はこの発表会について報道し、被告も、日経流通新聞、日本経済新聞、メンズクラブその他各種新聞雑誌に右業務提携について広告をした。以上の事実が認められ、この認定に反する証拠はない。
3 <証拠>を合わせ考えると、次の事実が認められる。
(一) 被告は、その後一業種一社を原則として再使用権者を慎重に検討して選択し、昭和四九年一月一日訴外内外編物株式会社、同マルマン株式会社との間で本件表示を商品に付することに関する再使用許諾契約を期間一年間として締結したのをはじめ、逐次訴外株式会社カワケイ、同ニツキー株式会社、同栗原帽子株式会社、同株式会社東北丸正、同クリケツト株式会社、同内野株式会社、同株式会社ワールドパラマウントウエアー、同株式会社モツク、同ゼンザブロニカ工業株式会社と再使用許諾契約を結び、同年四月頃から一斉に右再使用権者の本件表示を付した商品が百貨店、一流専門店のコーナー販売として発売され、その売行きは発売直後から好調であり、その後右クリケツト株式会社と内野株式会社は契約期間満了によつて再使用権者ではなくなつたが、他のほとんどの会社については一年毎に同一内容の契約がくりかえし締結され、また新たに再使用権を取得した会社もあり、結局昭和五一年末現在における再使用権者の名称と許諾品目は別紙目録(四)記載のとおりとなつている。
右各再使用許諾契約書中には、許諾商品の特定、使用料、品質管理等についての約定、本件表示の使用許諾を得ていることを表示するため、使用権者において、満足すべき形状及び内容を有するラベルを各許諾商品に付すべきことの約定その他の条項を含む詳細な取極めがなされており、被告は、正当な権利者の製品であることを明らかにするため、再使用権者の販売商品のすべてに、被告及びNFLPの商号と許諾商品である旨を英文字で表示した証紙を貼らせる取扱いをなし、再使用権者は被告との約定に基づき、右商品化事業に携わるものである旨各種新聞雑誌にたびたび広告するとともに、本件表示を子供用アウトウエアー、紳士用ニツト布帛洋品その他約定の商品に付して販売あるいはその広告をしている。そして、被告自身もオリジナル商品として本件表示を付したバツク、アクセサリー等を販売している。
また、被告は、再使用権者とともに、本件表示の商品化事業を成功させる方法を検討するためNFLアソシエーシヨンという団体を作つて月一回会合しているが、その下部組織として広報委員会と流通委員会を設け、広報委員会はこの企画のためどのような宣伝広告をなすべきかについて意見、情報を交換し、検討を加えるものであり、流通委員会は本件表示を付した商品の販売方法、例えば販売店舗の選定(商品の品位が下がり本件表示のイメージが傷つけられるような店舗は避ける。)販売に関する相互援助(あるデパートと取引のない再使用権者に対し取引のある者が援助するなど。)、末端における本件表示のある商品同志の衝突の防止をはかるなどの活動をしている。
また、一般紙、業界紙、雑誌等でしばしばNFLPと被告との業務提携による本件表示の商品化事業が爆発的に成長している旨の特集記事が掲載されて来た。
(二) 被告が許諾した本件表示の具体的な使用態様の主なものは、次のとおりである。
(1) 商品についての使用態様
イ 各再使用権者がそれぞれの許諾された商品に付して(印刷などして)使用するが、その商品の性質と品質、表示の形状、色彩等についてはNFLP及び被告が完全にこれをコントロールしている。
ロ 右に関連して本件表示を付した商品を景品として使用することは、被告の事前の書面による承認のもとに行われている。
(2) 宣伝用としての使用態様
イ 再使用権者が本件表示を付した商品自体の宣伝のために、新聞、雑誌、パンフレツト、テレビ等に本件表示を使用することができるが、その表示の形状、色彩等はNFLP及び被告の承諾のもとに行われている。
ロ 本件表示を付した商品の裏付なしに、他の商売の宣伝のために本件表示を使用することもできるが、その場合にはその都度被告と取極めを行つている。
ハ その他、具体的な商品販売と直接的には関係なしに本件表示による商品化事業全体の宣伝あるいは雰囲気を醸成するために、例えば展覧会等催し物の会場において使用する場合もある。
(三) 日本においては、約四〇年ほど前にフツトボールが移入されたといわれているが、当時は関心も低かつたところ、昭和四九年四月から関東地方のテレビ局がNFLプロフツトボール・アワーを毎週定時番組として放映をはじめ、逐次関西、中京地方のテレビ局でも放映するようになり昭和五〇年頃には全国的に、しかも視聴率の高い時間帯にフツトボール番組が組まれるようになり、他のスポーツ番組に比し安定した高い視聴率をあげている。また、アメリカン・フツトボールの専門の月刊誌として昭和四九年初めから「タツチダウン」、昭和五〇年初めからは「アメリカンフツトボール」が刊行されるようになり、日刊新聞や青少年向けの雑誌などでもたびたびNFL加盟チームのこと、その試合の模様などが取上げられ、その都度本件表示やアメリカン・フツトボール独特の防具をつけた選手の白熱した試合の光景の写真などが大々的に登載され、日本でもアメリカン・フツトボールに対する関心が急速に高まり、若者らの心をとらえるようになつた。昭和五〇年五月頃から渋谷パルコ、池袋西武百貨店、大阪近鉄百貨店などで、アメリカン・フツトボールに関する展覧会など催物が開催され、本件表示を付した前記再使用権者の商品が、ことにフアツシヨン界における商品が、大量に販売されるに至つてこの傾向に拍車がかかり、本件表示についての関心度は爆発的に高まつた。
被告が本件各行為(請求原因2(一)ないし(三)および3の各行為)をした後ではあるが、昭和五一年八月一六日には、アメリカで最も古い歴史をもつセントルイス・カージナルスとサン・ジエゴ・チヤージヤースの両チームが来日し、日本ではじめて本場の迫力に満ちたしかもスピーデイーな試合を後楽園球場で演じて興趣を盛り上げ、その際各種スポーツ新聞、一般新聞、雑誌、テレビなどが扇動的にその競技振り及び数万の観客の観戦模様を大きく報道して、今日では日本においても他のスポーツに比して人気のあるスポーツになつたということができる。
このような、アメリカン・フツトボールに対する関心の急速な拡大と、被告及び再使用権者による本件表示を付した商品の販売及びその大々的な広告宣伝等があいまつて、本件表示を付した商品の売行きは爆発的な成長を遂げ、昭和五〇年度の再使用権者の本件表示を付した商品の売上合計額は八〇億円にも達し、遅くとも同年初め頃以降は大衆向けの商品を扱つている通常の業者であれば誰でも、本件表示を付した商品を扱つている業者は、NFLPから使用許諾を受けた被告及び被告から再使用権を許諾された業者であるということを知つている状況となつた。また、それゆえに本件表示を付した商品の売行きが好調であることに目をつけて被告らに無断で本件表示を付した商品、すなわち模倣品を製造販売する業者も現われたが(その時期は多くは昭和五〇年春から秋にかけて)、被告はかかる業者に対してはその都度厳しく抗議しており、抗議を受けた業者のほとんどは自己の非を認め、被告らに対し書面で謝罪の意を表明し、本件表示の使用を中止している。被告が原告およびその取引先であるダイエーに対し請求原因2(一)ないし(三)の行為をした時期も同じ頃であり(昭和五〇年秋)、その行為の趣旨も右一連の抗議の一環としてなされたものにほかならなかつた。
以上の事実が認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。
4 そこで、以上に認定した1ないし3の事実に基づき、はたして原告の本件ロツカーの販売行為が不正競争防止法一条一項一号及び二号に該当するか否かを検討する。
(一) まず、本件表示が同項一号の「他人ノ商品タルコトヲ示ス表示」及び二号の「他人ノ営業タルコトヲ示ス表示」に当るか否かについて検討する。
右2で認定した事実によれば、本件表示は第一義的には、米国のNFL加盟チームのいわゆるサービス・マークであつて、同チームの営業たることを示す表示にほかならないことは原告所論のとおりである。しかし、本件においては、本件表示が単に右のような原初的な意味だけではなく、これを越えてさらに別の機能と意味を有するようになつていることを看過することはできない。すなわち、本件においては、前記認定事実によつて明らかなとおり、被告がいちはやく近時の日本におけるアメリカン・フツトボールに対する関心の増大に着目し、その人気を背景とする本件表示のもつ顧客吸引力、すなわちアメリカン・フツトボール・ゲームのすさまじいまでのスリルと、肉体と肉体の激突という魅力を連想する男らしさ、かつこうの良さといつたイメージを商品化しようと企て、昭和四八年一〇月二日付のNFLPとの契約に基づき、NFLPより日本における唯一の本件表示使用権者として特に指定された商品に付けて商品化する権利及び第三者に再使用せしめる権利を取得し、直ちに被告とNFLPとが業務提携して本件表示の商品化事業を企画することになつた旨の発表を大々的に行い、やがて翌四九年当初からは一業種一社と定めて業者を選択して再使用権者となし、厳しい品質管理を通じて本件表示の同一性と品質の良質化を維持するように努め、広告宣伝に力を注いだ結果、わが国においても、遅くとも昭和五〇年初め頃以降は、商品に付された本件表示は単なる米国のプロフツトボールチームを示すマークまたは柄模様の域を脱して一定の出所識別機能、品質保証機能をもつに至り、本件表示を付した商品はNFLPと被告を軸とする特定の再使用権者グループの商品であるとの認識が少くとも一般消費者大衆に対する広告宣伝を必要とするような業界内においてはすでに確立したものと解するのが相当である。そうすると、本件表示は、原告にとつて、叙上のような趣旨において同項一号の「他人ノ商品タルコトヲ示ス表示」に当るということができる。
また、同様の趣旨において、本件表示は遅くとも昭和五〇年初め頃以降いわゆるサービス・マークとしてNFLPと被告を軸とする再使用権者グループの商品化事業を示す表示であるとの認識もまた確立したものと解するのが相当である。そうすると、原告にとつて、本件表示は同項二号の「他人ノ営業タルコトヲ示ス表示」にも当るということができる。
原告の主張によれば、米国のプロフツトボール・チームのマークは、中間で誰がどのような意味付けをし、また宣伝をしたとしても、あくまで右チームのマークであることに変わりはないというのであり、右の主張がその限りにおいて一応首肯できるものであることは先に説示したとおりである。しかし、一般に営業活動上の表示はその使用者の使用方法、宣伝活動如何により、またその時代の社会経済情勢の変化等に伴つて、あらたな意義を附加されることのありうることは経験則に照らしてみやすい道理である。本件表示についても、先に説示したとおり、被告がわが国における一般大衆のフツトボールに対する急激な人気高揚を背景として、NFLPから契約に基づき適法に本件表示の再使用権を取得したうえ、その使用方法を厳重に管理統制し、宣伝活動をした結果、本件表示は前記第一義的な意味とは別にあらたに右被告およびその再使用権者らの商品および営業たることを示す表示として出所識別機能ひいては品質保証機能をもつにいたつたものであつて、かくして右被告らが取得した本件表示に関して受けるべき一定の保護法益は、原告の前記のような主張だけで左右されるものではない。
また、原告は、被告と各再使用権者との間には利害の全く相対立する商取引の当事者の関係があるにすぎず、各再使用権者相互間は、各自独立の営業をしているだけで企業協同体としての関係はないから、かかるグループを目して同項一号及び二号の「他人」と解することはできない旨主張するが、すでに認定したところに照らすと、被告及び再使用権者は本件表示のもつ顧客取引機能、出所識別機能、品質保証機能を保護発展させる目的において共通の利害関係を有することは明らかであり、一業種一社の原則というのも、再使用権者間の対立抗争を避ける手段としてなされていることを合わせ考えると、被告及び再使用権者らは右共通の目的のもとに結束する団体と評価することが可能であり、このようなグループであれば、必ずしも一個の企業体といえるような場合でなくても、同項一号及び二号の「他人」に当ると解する妨げとはならないものというべく、従つて原告のこの点の主張も肯認することができない。
(二) 次に、本件表示が同項一号及び二号の「本法施行ノ地域内ニ於テ広ク認識セラレル」表示に当るか否かについて検討する。
前記3で認定した事実によれば、遅くとも昭和五〇年初め頃以降は、日本において大衆商品を扱つている通常の業者であれば誰でも、本件表示を付した商品を扱つている者及び本件表示を営業表示として使用している者はNFLPと被告又は被告から本件表示につき再使用権を許諾された者であることを知つている状況にあつたと解されるから、本件表示はNFLPと被告を軸とする特定の再使用権者グループの商品ないし営業表示であることが広く認識されているものと解するのが相当であり、従つて、本件表示は同項一号及び二号の「本法施行ノ地域内ニ於テ広ク認識セラルル」表示に当るということができる。
この点に関し原告は、第一に被告とNFLPとの間の契約は許諾期間三年という短期有限の契約であるうえ、第二に被告と被告のいう再使用権者との間の契約は一年という短期有限契約であるから、本件表示が周知著名となるべき道理がない旨主張するが、<証拠>によれば、被告とNFLPとの契約期間は当初三年で昭和五一年一〇月一日に期間満了となることになつていたが、その後被告は契約の更新を申出で、昭和五一年四月三日付でさらに三年間の更新がなされており、被告と再使用権者との間の契約も期間一年ではあるが、大部分の会社と毎年契約を更新し、その許諾品目もほとんど減ずることがないことが認められるから、原告の主張はその前提において事実と相違しているばかりか、右に認定判断したとおり、本件表示は現にNFLPと被告を軸とする再使用権者グループの商品または営業自体を表示するものであるとの認識は、爆発的ともいえるほど急速に広まり周知されるにいたつたものであるから、原告の前記のような主張はとうてい肯認することができない。
(三) さらに、原告の本件ロツカーが、同項一号の本件表示と「同一若ハ類似ノモノヲ使用シ又ハ之ヲ使用シタル商品」であるか否か、及び二号の本件表示と「同一又ハ類似ノモノヲ使用シテ」いることになるか否かについて検討する。
本件ロツカーの正面及び両側面には、米国のいくつかのアメリカン・フツトボール・チームが使用しているヘルメツトのマークに相当する図形とそのチーム名が多数千鳥状に配列され全面柄模様となつていることは当事者間に争いがなく、この別紙目録<略>(一)の柄模様と別紙目録(三)の一、二の本件表示とを対比して検討すると、本件ロツカーの柄模様はNFL加盟のアメリカン・プロフツトボール・チーム七チーム、すなわちバツフアロービルズ、サンジエゴ・チヤージヤーズ、ピツツブルグ・ステイラーズ、ニユーヨーク・ヂヤイアンツ、セントルイス・カーデイナルス、デトロイト・ライオンズ、アトランタ・フアルコンズのヘルメツトのマークに相当する図形とその下に当該チームの名称を英大文字で書いたもの多数を千鳥状に配列したもので、一見して本件表示中のそれぞれ該当のチームの名称及びシンボルマークと同一であることが認められる。そうすると、本件ロツカーは本件表示を全面柄模様として使用した商品であるとみることができ、本件表示を単数使用するか複数使用するかにかかわらず、本件表示を使用していることにかわりはないと解すべきであるから、本件ロツカーは同項一号の本件表示と「同一若ハ類似ノモノヲ使用シ又ハ之ヲ使用シタル商品」に該当するとともに、二号の本件表示と「同一又ハ類似ノモノヲ使用シテ」いることにもなるということができる(同項二号の「使用シテ」いるとは、営業表示として使用している場合のみならず、商品の表示として使用している場合をも含むものと解すべきである。)。
原告は、本件ロツカーに付しているアメリカン・フツトボール・チームのマークは、単なる美的要素としての意匠模様であつて商品の出所識別標識としての意味を有するような商標とはいえないと主張するが、同項一号は、客観的に当該表示と同一もしくは類似のものを使用し又はこれを使用した商品を規制の対象としているのであつて、たとえ当該マークが美的要素を含む意匠模様としての価値を有する場合であつても、それがゆえに直ちに商品の出所識別標識としての機能がないと即断できないことは明らかであるから、意匠模様と商標が両立しないことを前提とするかのように思われる原告の主張は主張自体にわかに首肯することができない。そして、本件においては、本件表示がNFLP及び被告を軸とする再使用権者グループの商品であることの表示またはこれらの者の営業表示として広く認識されるに至つたこと、およびその結果として、本件ロツカーにおけるマークは、原告の主観的意図如何にかかわらず、右ロツカーの出所が前記被告グループであることを示す標識として機能する側面を有すると解されることはすでに説示したとおりである。
(四) さらに、原告が本件ロツカーを製造販売する行為が同項一号の「他人ノ商品ト混同ヲ生ゼシムル行為」及び二号の「他人ノ営業上ノ施設又ハ活動ト混同ヲ生ゼシムル行為」に当るか否かについて検討する。
すでに認定判断したように本件表示を付した商品は、NFLPと被告を軸とする特定の再使用権者グループの商品であるとの認識が広く存在することに徴すると、本件表示と同一の表示を多数柄模様として使用する本件ロツカーも、同じく右再使用権者グループの商品であるとの誤認を生ずることは容易に考えられることであり、従つて原告の右行為は同項一号の「他人ノ商品ト混同ヲ生ゼシムル行為」に当るということができる。
また同じように、本件表示はNFLPと被告を軸とする特定の再使用権者グループの営業を表示するとの認識が広く存在することに徴すると、本件表示と同一の表示を多数柄模様として使用する本件ロツカーを製造販売する行為も、同じく右再使用権者グループの営業活動であるとの誤認を生ずることは容易に考えられることであり、従つて原告の右行為は同項二号の「他人ノ営業上ノ施設又ハ活動ト混同ヲ生ゼシムル行為」に当るということができる。
原告は、「ニセ物」と呼びうる「ホン物」のロツカーが存在しない以上同項一号の「混同」という事態は生じようがないと主張し、右再使用権者グループに属する者で現在までに本件ロツカーのようなビニールシートで被覆したロツカーを販売している者がいないことは当事者間にも争いがない。しかし、同項一号の「混同」を生ずる場合とは、他人の商品と現実に店頭で取違えるおそれのある場合のみならず、商品主体または商品の出所を誤認するおそれがある場合をも含む趣旨であると解するのが相当であるし、<証拠>によれば、すでに被告を軸とする再使用権者グループの一社であるヤマト化学工業株式会社においてビニールロツカーについて本件表示の再使用を認めることを決定していること、そもそも本件紛争の発端は同社がダイエーの東京赤羽店で本件ロツカーが売り出されているのを発見し、将来の自社製品との混同をおそれたことにあつたことが認められる。従つてこの点についての原告の主張も肯認することができない。
(五) さらに、原告が本件ロツカーを製造販売することにより被告が不正競争防止法一条一項柱書の「営業上ノ利益ヲ害セラルル虞アル」場合に当るか否かについて検討する。
前記3において認定判断したように、被告の本件表示に関する商品化事業は、一業種一社を原告として再使用権者を慎重に検討して選択し、厳格な品質管理を行うことによつて本件表示を付した商品は特に優れた品質を有する商品として保証するとの意味を獲得すべく努力していることが窺われるから、その管理統制の及ばない原告のような業者が現われると、それだけで管理が乱れ、内部の再使用権者に対する統制が崩れるおそれがあるとともに厳重な品質管理に服さない粗悪品が出廻わり、ひいては本件表示の品質保証機能が害されるおそれが生ずることは明らかである。また、本件表示はアメリカン・フツトボールのイメージを連想せしめることによる顧客吸引力を有していることもすでに説示したとおりであるところ、原告のように本件表示と同一の表示を付した商品を販売する者が多数現われれば、それだけ本件表示の持つイメージは希薄となつて顧客吸引力が弱まり、再使用権者グループの商品の売上げは減少し、ひいては被告の営業上の利益が害されるおそれがあることは明らかである。従つて原告の本件ロツカーの製造販売の行為は、同項柱書の被告の「営業上ノ利益ヲ害セラルル虞アル」ものに当るということができる。
原告は、仮に「商品の混同」の事態が生じているとしても、それは第三者たる「再使用権者」と原告との間の問題であり、「商品の混同」の被害者は、その第三者であつて被告自身ではない旨主張するが、本件において混同の被害を受ける「他人」とは被告及びその統制に服する再使用権者のグループであると解すべきことは先に説示したとおりであるから、再使用権者は所論に関する限り必らずしも第三者とはいえないのであり、被告自身その営業上の利益を害せられるおそれのあること明らかであつて、いずれにせよ原告の右主張は肯認することができない。
5 ところで、原告は、以上のほか本件における原告の基本的な見解として、被告がアメリカ人との一私的契約によつて本件表示の商品化権なるものを取得したと称し、右表示の使用につき強大な独占権を行使し、暴利を得るがごときはわが国の法制下では到底認容できない旨主張しているけれども、被告は、特段本件においていわゆる商品化権なる権利に基づいて差止請求権の行使ができると主張しているものではなく、不正競争防止法一条一項一号及び二号をその根拠条文として右のような主張をしているのであるから、原告の前記主張自体その前提を誤つているというほかない。また、被告については、1ないし4において認定判断したとおり同項一号及び二号適用のための要件はすべて満たされているのであつて、私的契約によつて得た強大な独占権に基づいて原告に対する差止請求をなすことが肯認されるわけではない(なお、原告の本件ロツカーの製造販売行為は、パリ条約一〇条の二(2)(3)1所定の商業上の公正な慣習に反する不正競争行為に該当すると解され、これによつて営業上の利益を害されるおそれのある者は法的に保護されるのが相当であると考えられる点も参照。)。
してみると、原告の前記主張もまた理由がない。
三以上のとおりであるから、被告は原告に対し原告が行う本件ロツカーの製造販売行為につき不正競争防止法一条一項一号及び二号に基づく差止請求権を有するものということができる。また被告が原告の右行為が同項一号又は二号に該当する不正競業行為である旨を原告及び原告の本件ロツカーの販売行為取引先に告げてその製造販売行為の停止、製品の廃棄を求めることは、被告の営業上の利益を守るための正当な行為であつて、虚偽の事実を陳述流布するものではないといわなければならず、従つて被告の右行為は同項六号の行為には当らない。
また、それゆえ、請求原因2(一)ないし(三)記載の被告の行為は、特段不法行為といえないものであり、同5記載の被告のした仮処分の執行も特段不当な執行とはいえないものである。<以下、省略>
(畑郁夫 小倉顕 中田忠男)
別紙目録<省略>